障害者差別解消法は、障害を理由とする差別を禁止する具体的な対策を定めた法律です。
正式名称を「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」といい、2013年6月に成立し、2016年4月1日に施行されました。
この法律は、障害のあるすべての人が障害のない人と同じように、基本的人権を生まれながらに持つ個人としての尊厳を尊重され、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を持つことを確認しています。
そのうえで、すべての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、人格と個性をお互いに尊重しながら共に生きる社会の実現のために、障害を理由とする差別の解消を推進することを目的としています。
障害を理由とする差別の禁止は、国としての障害のある人や子どもの福祉の基本理念を定めた法律「障害者基本法」(2011年改正)の第4条でも定められています。ですが、同法の中では具体的な規定はありませんでした。
障害者差別解消法は、障害者基本法第4条の「差別の禁止」を具体的に実現していくために制定された法律です。
(差別の禁止)第四条
何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。
2 社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによつて前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がされなければならない。
3 国は、第一項の規定に違反する行為の防止に関する啓発及び知識の普及を図るため、当該行為の防止を図るために必要となる情報の収集、整理及び提供を行うものとする。
障害者差別解消法では、障害を理由とする差別の解消についての基本指針を打ち出すとともに、国や地方公共団体、事業者に対しても法的義務があること(※)や具体的な対応方法、トラブルが起きた際の相談先などを定めています。
しかし課題も残っているため、施行の3年後に法律の施行状況を検討し、必要であれば法律の見直しを行うことも法律内に規定されています。
(※)令和3年に障害者差別解消法が改正され、令和6年4月1日より、事業者による障害のある人への合理的配慮の提供が義務化されました。 無料会員になりませんか?
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近年、住み慣れた地域での生活を支援する施策への転換を図る、北欧発祥の「ノーマライゼーション」という考え方が世界で主流になっています。日本でも2003年、障害のある人が自分自身でサービスを選ぶ「支援費制度」が導入されるなど、法律や制度が徐々に整備されていきました。
2006年に国連総会本会議で、障害のある人に対する差別を禁止し、障害のある人の権利を守るための措置を規定した「障害者の権利に関する条約」(通称「障害者権利条約」)が採択されました。
日本は翌2007年に署名しましたが、障害のある人の差別禁止を規定する国内法が存在しないために条約の内容を遂行できない状態だったことから、同時に障害のある人の権利や福祉についての国内法の整備が集中的に行われました。
その一環として、2011年の障害者基本法改正では「障害を理由とする差別の禁止」の項が加わり、2012年には障害のある人への支援を定めた「障害者総合支援法」が成立、2013年には「障害者差別解消法」が成立しました。同じ年に「障害者雇用促進法」も改正され、雇用の分野における差別をなくすための具体的な仕組みも規定されています。
障害者差別解消法は第二条で、「障害者」を「身体障害、知的障害(※)、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう」と定義しています。
つまりこの法律は、障害者手帳を持つ人だけでなく、障害者手帳は持っていないものの、何らかの機能障害がある人も対象に含んでいます。
またこの定義からは、この法律が、障害のある人が日常生活や社会生活で直面する制限は心身の機能の障害だけでなく、「社会的障壁」によっても生じるとの考え方に基づいていることがわかります。
(※)医学的な診断名は現在「知的発達症」ですが、障害者差別解消法では「知的障害」と記載されているため、本記事では旧診断名である「知的障害」と記載をしています。
従来は、障害のある人が直面する制限の原因は、心身の機能の障害にあるとする「医学モデル」という考え方が定説でした。したがって、制限を解消する方法を治療やリハビリテーションによる身体機能の改善、つまり障害のある人側に求める傾向にありました。
一方、障害者差別解消法が採用しているのは、制限の原因が、障害のある人に対する十分な配慮なく作られた社会の構造にあるとする「社会モデル」という考え方です。
この法律でいう「社会的障壁」とは、「障害のある人にとって、日常生活や社会生活を営む上で障壁となるような、社会における事物、制度、慣行、観念、その他一切のもの」を指します。つまりこの法律は、「社会的障壁がなければ、心身の機能の障害がある人も日常生活や社会生活を制限なく送ることができる」という考え方に基づいているのです。
障害者権利条約も、社会モデルに基づいています。したがって社会モデルは、現在世界で主流となっている考え方であるといえます。
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障害者差別解消法の内容1:障害を理由とする差別を解消するための支援
障害者差別解消法は、障害を理由とする差別を解消するための支援措置を定めています。
障害を理由とする差別を解消するための措置としては、「不当な差別的取扱いの禁止」と、「合理的配慮の提供」の2つを定めています。
障害者差別解消法第6条第1項の規定に基づいて政府が策定した「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」では、「不当な差別的取扱い」を以下のように定義しています。
障害のある人に対して、正当な理由なく、障害を理由として財・サービスや各種機会の提供を拒否すること
障害のある人に財・サービスや各種機会を提供するにあたり、正当な理由なく、障害を理由として場所や時間帯などを制限すること
障害のない人に対しては付けない条件を付けることなどにより、障害のある人の権利や利益を侵害すること
ただし、「差別的取扱い」に「不当な」という言葉がついていることは、正当な理由があるときには、障害のない人とは異なる扱いをすることがやむを得ない場合もあることを示しています。
「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」では、「正当な理由」に相当する場合を、「障害を理由に財・サービスや各種機会の提供を拒否するなどの取扱いが、客観的に見て正当な目的のもとに行われ、その目的に照らしてやむを得ないと言える場合」としています。
しかし同時に、具体的な場面や状況に応じて総合的・客観的に判断することが必要であり、正当な理由があると判断した場合は、障害のある人にその理由を説明し、理解を得るよう努めることも定めています。
不当な差別的取扱いの禁止については、行政機関等と事業者の両方に対して、法的義務が課せられています。「行政機関等」とは「国の行政機関、独立行政法人等、地方公共団体および地方独立行政法人」のこと、また「事業者」とは「商業その他の事業を行う者(国、独立行政法人等、地方公共団体及び地方独立行政法人を除く)」のことです。会社や個人事業者のほか、ボランティアを行うグループなども含まれます。
保護者や介助者がいない場合の入店拒否
障害を理由に窓口での対応を拒んだり、順序を後回しにしたりする
本人を無視して介助者だけに話しかける
合理的配慮とは、障害のある人と障害のない人の平等な機会を確保し、社会的障壁をなくすために行われる、個別の対応や支援のことです。
障害者差別解消法は、障害のある人が「社会的障壁の除去を必要としている」旨の意思表示をしたとき、周囲の人は、その実施に過度な負担が伴わない場合は、必要で合理的な配慮を行うことを定めています。
障害者差別解消法では合理的配慮の提供について、行政機関や事業者に対して法的義務を課しています。
手続きの受付時間は朝のみだが、肢体不自由のある人に対して、通勤による混雑がなく移動の負担が少ない時間帯に受付時間を調整する
補聴器を使っている人に対し、業務連絡の放送があるときは同僚が確認の声かけを行う
弱視の人でも読みやすいよう、商品パンフレットを、誰にとっても見やすい「ユニバーサルデザインフォント」を使って製作する
具体的な対応を定めたガイドライン:「対応要領」と「対応指針」
不当な差別的取扱いの禁止と合理的配慮の提供が法律で定められているだけでは、人々がそれらを実施する際、どのような状況が差別にあたり、どのような対応が望ましいのかについての判断が難しいと感じる場合もあるでしょう。
そこで障害者差別解消法は行政機関や事業者に、具体的な考え方や対応などを定めたガイドラインである「対応要領」と「対応指針」も作成することを求めています。「対応要領」は行政機関に対するガイドラインのことで、「対応指針」は事業者に対するガイドラインを指します。
これを受けて、各省庁や機関が、それぞれの事業内容に沿った対応要領や対応指針を作成しています。
障害者差別解消法の内容2:トラブルが起きたときの対応と予防の仕組み
実際に差別の解消に取り組む中では、トラブルが起きたときに対応できる仕組みを整備しておくことや、国民に法律の存在や内容を知ってもらうことも重要です。そこで障害者差別解消法は、第4章「障害を理由とする差別を解消するための支援措置」で「相談及び紛争の防止等のための体制の整備」や「啓発活動」などを定めています。
国や地方公共団体に対し、障害のある人やその家族などから、障害を理由とする差別についての相談があった場合は的確に応じること、また障害を理由とする差別に関するトラブルの防止や解決のために必要な体制を整備することを求めています。ただし必ずしも新たな機関を設置する必要はなく、既存の相談機関などの活用が想定されています。
既存の機関を活用した場合の例として、長野県では、77の市町村の障害者施策担当部署と、圏域ごとに設置されている保健福祉事務所を相談窓口としました。また、県の窓口にも差別解消推進員を配置しています。
一方、新たな機関を設置した例としては、「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」で相談支援のシステムを定めた千葉県があります。県から委託された約600人の地域相談員が日常の活動の中や、市町村が実施する「障害者相談」などの際に相談に応じています。
また健康福祉センターや障害者相談センターなど16ヶ所に相談窓口を設け、来所や電話などでの相談に応じたり、地域相談員に指導や助言を行ったりする専門職「広域専門指導員」も配置しています。
国や地方公共団体の機関は、障害のある人の差別についての相談内容を地域で共有するネットワークである「障害者差別解消支援地域協議会」を組織することができる旨も定められています。
協議会は、相談事例を抱える関係機関に適切な相談窓口を紹介したり、具体的な対応例の共有や協議を通じて、地域の実情に沿った差別解消の取り組みを効果的に進めることを目的としています。協議会の設置は任意ですが、多くの都道府県や市町村で設置されています。
障害のある人への差別が起きてしまう原因は、障害についての知識や理解の不足、かたよった考え方などが考えられるため、内閣府が行政機関と連携しながら、障害についての国民の理解をうながすための啓発活動に積極的に取り組むことを定めています。
具体的には、行政機関や事業者における研修のほか、インターネットを活用した情報提供やポスターの掲示、パンフレットの作成と配布など、さまざまな媒体を使った啓発活動が想定されています。
障害者差別解消法は、不当な差別的取扱いの禁止や合理的配慮の提供について、行政機関・事業者ともに法的義務を課しています。それに伴い、罰則規定もあります。
第六章
罰則第二十五条 第十九条の規定に違反した者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。第二十六条 第十二条の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者は、二十万円以下の過料に処する。
ひとつは、障害者差別解消支援地域協議会の事務に従事する人や、過去に従事していた人が秘密保持義務に違反した場合の刑罰を規定することで、安心して相談できる仕組みを定めています。
もうひとつは、事業者に課された不当な差別的取扱いの禁止が守られない場合の罰則です。不当な差別的取扱いが繰り返されたにも関わらず改善の見通しが立たない場合、事業者は行政などに対し報告を行った上で、助言や指導、勧告を受けなければいけません。このとき報告が行われなかったり、虚偽の報告がなされた場合に20万円以下の過料が課されることを規定しています。
障害者差別解消法は、障害のある人への差別禁止について具体的な対策を定めた、日本で初めての法律です。労働分野については障害者雇用促進法に基づく差別禁止指針と合理的配慮指針が定められていますが、それ以外の場面での全般的なサポートがこの法律によって定められています。
障害のある人も含めた国民一人ひとりが障害のある人の差別について考え、それぞれの立場において、できることから取り組んでいくことが必要となるでしょう。