ナラティヴ・アプローチとは?「物語で問題を解決する」ってどういうことをするの?意味や手法など、わかりやすく紹介します
更新 2024/10/22
公開 2019/07/17
更新 2024/10/22
公開 2019/07/17
ナラティヴ・アプローチとは、問題を抱える当事者へのケアやカウンセリングを「ナラティヴ(語り、物語)」の視点からとらえなおす動きの総称です。従来のケアやカウンセリングと大きく異なった考え方をもとにした新しい手法として、期待を集めています。この記事では、従来の手法と違うナラティヴ・アプローチならではの解決法を、基本的な考え方や取り組み方を通して分かりやすく紹介します。
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ナラティヴ・アプローチとは人々の語りや「物語(ナラティヴ(narrative))」に着目し、その物語を通してなんらかの現象に迫り問題解決を図る実践方法です。
ナラティヴ・アプローチは1980年代後半ごろに提唱されはじめましたが、今もまだ確定的な定義がなく、広い概念を持つ方法論です。現在、医療・臨床心理・ソーシャルワークや、キャリアコンサルティング、司法の場など、さまざまな分野で取り入れられていますが、実践の領域や研究者によって定義や考え方、具体的な方法も異なります。
ナラティヴ・アプローチは「社会構成主義」という考え方に基づいています。
社会構成主義は、ものごとは社会との相互の影響の中で形づくられるという考え方です。社会構成主義では、現実も客観や本質によるものではなく影響を受けて変わりうるものであり、人々の間で言葉を介して構成されていると考えます。
例えば、あるお菓子が美味しいかどうかは「あのお菓子は美味しい」「あのお菓子を食べてみたが、そんなに美味しくない」などと言う人々の言葉や評価によってつくられているという考え方です。
ナラティヴ・アプローチも「人々の人生や人間関係は個人や人々のコミュニティが自分たちの経験に意味を与えるためのストーリーによって形づくられる」という考え方を出発点としています。
そして、まずはその人の語るストーリーという形でその人の問題や課題を外に出してもらいます。語り手と聞き手が語りを通して相互に影響しあい、ストーリーが変わっていくことで、考え方や課題を変えていくという手法です。
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ナラティヴ・アプローチでは、専門家が相談者に対して一段上の立場に立つことはありません。カウンセラーや援助者は、専門家として助言や指導をしたり、その問題について判定したりしません。その人が語る物語を聞き、その人らしい解決法を一緒に見つけていきます。新たなストーリーを生成し、再構築する中で、問題のある状況から決別することを目指します。
1.語り手の語る物語(ドミナント・ストーリー)を聞く
聞き手はその人が語ることを傾聴します。最初に語られる話には、本人がこだわりにとらわれているストーリーが含まれている場合が多くあり、それをドミナント・ストーリーと呼びます。
(語り手)「会社で大きな失敗をしました。それ以来、いつも上司から注意を受けていて、同僚からも嫌われてしまいました」
「外在化」とは心の中にある問題を言語化したり名付けることで、外在化により主観を離れ、客観視できるようにすることです。
語り手の多くは、自分の価値観や認知の偏りなどにより、マイナスな経験を繋ぎ合わせた物語を作ることがあります。例えば、病気の症状や問題を自分の一部として「だめな自分」「問題のある私」と語ることが多々あります。これは問題が内在化している状態です。
その問題に名前をつけることで内在化している症状や問題などを本人と切り離していくのが外在化です。外在化により「本人=問題」という図式を離れ、問題の影響を客観的に考え、別の見方ができるようになります。
(聞き手)「この話に名前をつけるとどうなりますか?」
(語り手)「う〜ん…『みんなに嫌われるダメサラリーマン』ですかね」
問題の維持に誰がかかわり、出来事、経験が関与しているか考察します。
(聞き手)「上司の方は、あなたのやり方を全て否定するのですか?」
(聞き手)「失敗しているとおっしゃいましたが、今まで仕事でうまくいったことは何かありますか?」
(聞き手)「職場で話すような仲のいい人はいないのですか?」
聞き手が質問をし、語り手が何度も語るうちに、全体から見てドミナント・ストーリーとは異なる部分が出てくることがあります。聞き手はそのユニーク(例外的)な部分を発見し、反省的質問を重ねたり、聞き出したりして、ストーリーを補強していきます。
(語り手)「そういえば、この間のプロジェクトでは私の企画を採用してくれました」
(語り手)「ランチに行ったり、話をする親しい同僚がいます。この間も注意を受けた後にメールしてくれました」
(聞き手)「いつも職場の人とうまくいかないわけではないんですね」
オルタナティブとは代替を意味します。発見された例外的なストーリーをもとに、新しい意味づけを行い、ドミナント・ストーリーに変わる新たなストーリーを一緒につくっていきます。
(語り手)「上司に叱られることが多い。でも上司は成功した時には評価してくれたこともあった。失敗した時も、次にどうしたらいいかも教えてくれていた。自分を嫌って叱っていたのではなく、心配して次に活かせるように注意してくれたのかもしれません。」
(語り手)「ランチに誘ってくれる同僚や失敗した時に心配してメールをくれた同僚もいる。みんなに嫌われていると思っていたが、もしかしたら気にしすぎかもしれません。」
ナラティヴ・アプローチはどんなところで使われている?
ナラティヴ・アプローチの実践の場として以下が挙げられます。
心理学・医学の臨床の場
社会学や文化人類学
キャリア・コンサルティング
司法領域 など
心理学・医学の領域でケアや治療を目的とするものを「ナラティヴ・セラピー」と呼ぶこともあります。PTSDの治療の場や家族療法や当事者同士のピアトークなどで使われます。
日本では、一部のカウンセラーや研究者、自助グループや当事者会で実践や研究が行われていますが、一般的にナラティヴ・アプローチが受けられる場所はまだほとんどないのが実情です。
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日本では、ナラティヴ・アプローチはまだ普及の途中で、確立した方法論や定義はありません。ですが、さまざまな場面で実践が進みつつあります。
ナラティヴ・アプローチでは、「問題について相談する人」「解決法を教える人」という上下関係ではなく、本人の話を出発点に、フラットな語り合いから本人自身が問題を解決するきっかけを見つけ、考え方が変わっていくことを目指します。一旦問題がその人のアイデンティティから切り離され、引き離して考えられるようになることで、新しい行動に移ったり、問題との関わり方を変えることができるかもしれません。
本人が主体的に語り、自分で発見したストーリーによって考え方の偏りに気づいたり、新たな価値を見つけていく、そんな自分の物語を編み直す試みがナラティヴ・アプローチなのではないでしょうか。
監修 : 井上雅彦
鳥取大学 大学院 医学系研究科 臨床心理学講座 教授(応用行動分析学)
公認心理師/臨床心理士/自閉症スペクトラム支援士(EXPERT)
LITALICO研究所 客員研究員
執筆 : LITALICO仕事ナビ
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