発達障害、対人関係…悩んで傷ついて、ここまで生きてきたあなたへ伝えたいこと—精神科医・田中康雄

2018/03/26
L bd9560bb 1bab 4f93 86b0 2819465460d3
精神科医の田中康雄です。僕のクリニックには、発達障害のある方をはじめ、生活に難しさを感じておられる成人の方も多く来られます。一人ひとりちがった人生を生きてこられた方々に、医師の僕には何ができるのか、日々の診療のなかで考えていることをお話しします。

目次

  1. ぬぐい難い違和感を抱えて、診察室を訪れる方々と
  2. 「発達障害」だけでは説明できない、一人ひとりのエピソード
  3. ままならない人生に対して、医師の僕に何ができるのか
  4. 答えのない航海を共にするなかで、大切にしたいこと

ぬぐい難い違和感を抱えて、診察室を訪れる方々と

出典 : amanaimages
大人になって社会に出て、僕たちはその面倒さや大変さを改めて実感します。それまでの学校や友人との時間とは異なり、いろいろとルールに沿って生きながら、気持ちを抑え、耐え、そのなかで小さい充実感を手に入れたいとも思います。

―これほど思うようにいかないとは、ちょっと想像できなかった。しかしふと、これまでの人間関係や社会との付き合いのなかでも、確かに違和感は抱いていた。その時は「まぁそんなことか」と流してきたけれど、今度ばかりはどうにも流せない。

結果、自身を追い詰めてしまい、気分もふさぎ、意欲も落ち、そもそも人と会うことすらも億劫と不安感で一杯になってしまう。そんな思いを自覚された方々の一部の方と、僕は診察室で出会います。

「うつ病でしょうか」、「パニック障害かとも思いますが、対人不安でもあります」、「敏感すぎる性格からではないでしょうか」と,ご自身で積極的に調べ上げ、その確認と明確な判断を求めて受診される方々がおられます。さらには、「発達障害ではないかと思います」と、ピンポイントに回答を求める受診もあります。

最近は、今の職場の同僚や上司から「発達障害ではないのか」と言われ、背中を押されて受診される方もおいでです。

ともかくも、発達障害というものがだいぶ“市民権”を得てはきたのだなと、実感します。

「発達障害」だけでは説明できない、一人ひとりのエピソード

出典 : amanaimages
子どもの精神科臨床をしていくと、子どもたちは当然成長し、成人になっていきます。細分化した医療の現場では、15歳あるいは18歳を限度に、それ以下を児童精神科で、それ以上を成人の精神科で診るという区分けがされていることが多いようです。

僕のクリニックは年齢制限をしていません。なので、中高生が成長し、大学受験をする際の大学連携も、20歳で障害年金を申請するときの診断書作成も、就労に向けたアドバイスもしています。

僕は相手の方の希望に添って、利用を継続していくことに制限を設けていません。
一方で最近は、未成年期には医療とは関わらずにいた方が、大人になってからの生活で難しさを感じて受診される場合も増えてきました。

確かに発達障害の傾向は、あるようです。同時に、ではどうしてここまで生活に大きな支障を来すことなく過ごすことができたのかと、僕は不思議に思います。よくよく聞くと、実際は過酷な生活だった場合もあります。親や周囲の理解者に恵まれ,適切に護られながら日々を送られてきた場合もあります。

発達障害の特性以上に、対人関係で傷ついてきたことが仕事のしにくさを形成している場合もあります。長きに渡る不器用さと対人関係のつまづきが、根深い人間不信に至る場合もあります。

その特性がその人だけのものではなく、家族、とくに両親にも認められ、その両親の価値観や生き方が、その人の人生に影響を強く与えているのではないかと想像してしまう場合もあります。

良き伴侶に恵まれ、生活が安定してきたなかで職場環境が大きく変化し、それにうまく適応できず、これまで何気なく過ごせていた暮らしがどんどんと崩れてしまう場合もあります。
ひとり一人の人生は、発達障害の特性だけなく、多くのエピソードに彩られ、今の生活の難しさを作り出しています。子どもももちろんですが、成人で受診される方のお話を聞くにつけ、そのことを強く実感します。

ままならない人生に対して、医師の僕に何ができるのか

出典 : amanaimages
ここにある人生の屈曲を、発達障害の存在と特性を把握したうえで、どのような修復を計画すべきか、僕は診察室で悩み、考えます。

身近な家族の理解を得ることを最優先すべきということもあるでしょう。職場の理解を図るため、職場に行き上司と直接相談したこともあります。職場に何度も手紙を書いて対応についてお願いを重ねたこともありました。

薬物療法にもトライしたり、心理士と一緒に役割分担をしたりして、精神療法的に関わった場合もあります。

そうではなく、ただただ数年、うまくいかないことを聴き続けた末、自らの足で歩き始めたという方もいます。

特にマニュアルがあるわけではなく、常に相手の希望、家族の思い、職場の事情、経済状況などを聴き取り、いま医療現場が関われる手立てを想定企画し、提案し、当事者との合意で支援プランを立てていきます。

実行しながら軌道修正をし、現実の壁に一緒にぶつかりながらも次の一手を探し続ける。そのなかで新たな理解者が登場したり、より自己理解を深めたなかで思い切った決断をし、それが功を奏したりしたときもあります。ずっと低迷し、僕自身が見限られた時も、当然あります。

答えのない航海を共にするなかで、大切にしたいこと

出典 : amanaimages
答えもゴールもあらかじめ決められていないなか、一緒にこれからの生活を考えていくことは、常に不安を伴う航海ともいえるでしょう。

特に、相談の柱の一つであるべき発達障害の特性が、状況によって濃淡変化するものである以上、多くの方々と共通認識に立てるかどうかは常に課題となります。

僕自身の判断・理解と、当事者の希望が、その濃淡理解そのものからのズレにより、実は同じスタートラインにも立っていなかった、ということを思い知ることもありました。

それでも、「生きていくこと」を前提にすることで、多くのことは、時間とともに氷解します。

就活も、職場環境整備もとても大切ですが、何を置いても「相談できる関係」、「対話ができる関係」作りに僕は腐心します。

既存のレールに自分を乗せ直すことも解決の一つになります。既存のレールのほんの隣のレールで速度を落として生活することが解決に繋がった場合もあります。既存のレールから自由になったことで新たな生活を手に入れることができた場合もあります。

仕事は生活の一部ですが、すべてではありません。

この方はどういった生活を送りたいのだろう、と、まだ言葉になる以前の“願い”のかたちに僕は思いを馳せ、日々修正しながら、一緒に悩み続けています。

で、どこかに必ず道ってあるんだなぁと、漠然と教えられています。

あわせて読みたい

Footer illust sp