ソーシャルスキルとは、社会(ソーシャル)の中で暮らしていくためのスキルのことをいいます。SST(ソーシャルスキル・トレーニング)では、社会で人と関わるときに生じる挨拶、人に何かをお願いしたり断ったりするなどのコミュニケーションはもちろんのこと、毎日歯を磨く、決まった時間に薬を飲むなどの日常生活を営む上での生活スキルもテーマとして扱うことがあります。
社会ではソーシャルスキルが求められる場面は多くありますが、すべての大人が高いソーシャルスキルを持っているわけではありません。また就いている仕事の内容などによっては、必ずしも高いスキルが必要とも限りません。
ソーシャルスキルの習得度合には、家庭や学校など生まれ育った環境なども影響しますが、本人が本来持っている個性による個人差も大きいものです。ですから、ソーシャルスキルが身についていない=親のしつけ不足ということではありません。また、大人になってからでも身につけることができるものです。
「ソーシャルスキル・トレーニング(SST:Social Skills Trainingの略)」とは対人関係や社会で必要なスキルを身につけるためのトレーニング(訓練)のすることです。「出来ること」を増やして、より生活しやすくなることを目的としています。
トレーニングの過程ではロールプレイを行います。また、自分ひとりで考えるのではなく、グループワーク形式をとり、参加メンバーで意見を出しあいながら進めることが多いというのも大きな特徴です。
前項に挙げたような人と関わるスキルや日常生活に必要なスキルなど幅広いテーマの中から、生活のために最低限必要なことや自分が今困っていることなどを中心に、コミュニケーションや問題解決のためのスキルの獲得・向上を目指します。
SSTは簡単にいうと「社会生活を営む上での自分の困りごと」の解決に役立つと言えるでしょう。困りごとも困っている原因も一人ひとり違いますから、その対処方法もおのずと違ってくるはずです。そこで、SSTでは「ひとりひとり違った自分なりの対処法」をみつけていきます。
SSTは子どもから大人まで年齢を問わず対象としています。大人を対象としたときによくあるテーマは以下のような事柄が挙げられます。
残業を上手に断りたい
飲み会を途中で抜けて帰りたい
迷惑にならないように質問したい
会議で反対意見を伝えたい
ソーシャルスキルと発達障害などとの関係は?治療にも用いられるの?
ソーシャルスキルは、定型発達の人の場合、多くは他者とのかかわりを通じて無意識的に身につけられていくものです。
大人の発達障害や精神疾患のある方に対しては、治療的観点からSSTが用いられることがあり、現在、統合失調症とADHD(注意欠如多動症)の治療に採用されることがあります。
(※1)以前は「自閉症スペクトラム」という名称が用いられることもありましたが、アメリカ精神医学会発刊の『DSM-5』(『精神疾患の診断・統計マニュアル』第5版)において自閉的特徴を持つ疾患が統合され、2022年(日本語版は2023年)年発刊の『DSM-5-TR』では「自閉スペクトラム症」という診断名になりました。この記事では以下、ASD(自閉スペクトラム症)と記載しています。
(※2)以前は「注意欠陥・多動性障害」という診断名でしたが、2022年(日本語版は2023年)発刊の『DSM-5-TR』では「注意欠如多動症」という診断名になりました。この記事では以下、ADHD(注意欠如多動症)と記載しています。
(※3)学習障害は現在、「SLD(限局性学習症)」という診断名となっていますが、最新版DSM-5-TR以前の診断名である「LD(学習障害)」といわれることが多くあるため、ここでは「LD・SLD(限局性学習症)」と表記します。
(※4)現在、『ICD-11』では「知的発達症」、『DSM-5』では「知的能力障害(知的発達症/知的発達障害)」と表記されていますが、知的障害者福祉法などの福祉的立場においては「知的障害」と使用していることが多いため、この記事では「知的障害(知的発達症)」という表記を用います。
(※5)発達性協調運動障害は現在、「発達性協調運動症」という診断名となっていますが、最新版『DSM-5-TR』以前の診断名である「発達性協調運動障害」といわれることも多くあります。この記事では以下、「DCD(発達性協調運動症)」と表記します。
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SST(ソーシャルスキル・トレーニング)の実施場所と実施者
医療機関や福祉施設、就労支援の場、学校、職場などさまざまな施設や場面で実践されています。
大人向けの場合、具体的には以下のような場所で行われていることがあります。
精神科のデイケア(ナイトケア含む)
地域若者サポートステーション
障害者就労・生活支援センター
就労移行支援事業所、就労継続支援A型・B型事業所
自立訓練事業所
地域活動支援センター など
受講条件がある場合もありますので、希望する場合は問い合わせてみると良いでしょう。
大人向けのSSTの実践は、主に以下の職種の方が行います。
SSTトレーナー(SST認定講師含む)
心理の専門家
SSTトレーナーとは、その人に合ったソーシャルスキル・トレーニングを考え、実践することのできる専門家のことです。SSTを受ける方によって最適なトレーニング方法は異なるため、それぞれのケースに合わせてプログラムが組まれます。
うちSST認定講師は、一般社団法人SST普及協会が認定する講師のことで、医師や心理士、PSW(精神保健福祉士/精神科ソーシャルワーカー)を含んでいます。
施設によっては産業カウンセラー有資格者など、心理の専門家(セラピスト)がSSTを行う場合もあります。
なお、料金は運営形態によって異なりますが、民間企業・団体は1回あたり約4,500円~10,000円程度が多いようです。
SSTの中には多くの実践方法があります。今回はそのうちのいくつかをご紹介します。
ゲームには「ルールを守る」「勝ち負けの結果を受け止める」「仲間と相談や協力をする」などの多くのソーシャルスキルの要素が含まれています。楽しみながら社会性を身につけることができるのでとても有効な手段です。
指導の担当者は、それぞれの参加者にとって何が目標なのかを常に意識しながらゲームを進めていくことが重要となります。
ディスカッションやディベートは、相手の意見をしっかりと聞きつつ、自らの意見を述べる必要があるため、言葉のキャッチボールをする訓練としてすぐれています。参加者全員が興味をもてるテーマ選びや、参加人数、時間などを考えながら行うと良いでしょう。
どんな場面でどんな振る舞いをすればいいのかということを、指導担当者や参加者同士が実際に演技したり、人形を用いて演じることで、実際の場面での適切な振る舞いを学んでいきます。対象となる子どもにとって、現在課題となっている言動や場面を、多少アレンジしながら行うのがより効果的です。
工作、調理など、「何かを作って遊ぶ」「何かを作って食べる」といった楽しいゴールに向かう過程で、ほかの人との相談、役割分担、助け合いといった、社会生活に必要なスキルを学んでいきます。
ワークシート、絵カード、「ソーシャル・ストーリー™」などを用いることで現在のSST受講者本人の課題になっている言動を、意識化していくこともSSTの方法の一つです。ソーシャル・ストーリー™とは、絵と、その絵が表す出来事が短い文章として書かれたテキストで、その文章を読むことで、その場面での振る舞いを学べるという、キャロル・グレイによって開発されたものです。
これらで扱う場面や題材は、目の前の参加者の行動に合わせてきちんとアレンジし、オリジナルなものを作ると効果的です。
このように、SSTはさまざまな手段を通して実践をすることができます。次はさらに具体的なSSTの例について日常生活と対人関係とに分けてご紹介します。
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日常で取り入れられるSST(ソーシャルスキル・トレーニング)
あいさつは、人とのコミュニケーションには欠かせないものです。ところが、どこでどのようにあいさつをすればよいかが分からなかったり、あいさつの言葉を口に出すのが恥ずかしかったりと、さまざまな理由からあいさつができない方がいます。
適切なタイミングで適切なあいさつの言葉を発することができるようになるためには、「あいさつをすることは気持ちがよいこと」「相手の気持ちが嬉しくなること」ということをご自身が肌で感じられるような環境を作っていくとよいでしょう。
相手の気持ちを理解することが苦手だと意識される方がいます。相手の表情から気持ちを読み取ることが苦手だったり、共感するということが苦手だったりと理由はさまざまですが、時にはそれが人とのかかわりにおいてネガティブに働くことがあります。
そんな方がうまく相手の気持ちを読み取れるようになるために、多くのSSTの方法が考えられています。たとえばゲームを用いたもの、ロールプレイを用いたもの、絵カードを用いたものなどです。
「嫌なことをされたとき自分はどう思うか、その嫌なことを実際にされている相手はどんな気持ちか」を考えたり、今相手が考えていることを意識的に想像したりする訓練をすることで、実際の生活でも自然と相手の気持ちを理解できるようにサポートをします。
上記に挙げたように、相手の気持ちを理解することが難しい場合などは、相手を傷つける言葉を言ってしまったり、相手にとって興味のない話をひたすら話し続けてしまったりという言動につながることがあります。相手の気持ちをくみ取り、適切な話題・話す時間・使う言葉を選んで進めていく会話は、多くのステップを含んだソーシャルスキルなのです。
多くの要素を含む会話だからこそ、その訓練は「決められた質問(自分の名前など)に答える練習をする」というものから「「シナリオに従って言葉のキャッチボールの練習をする」というもの、「おしゃべりタイムを設けて振り返りを行う」というものなど多岐にわたります。
働くことに障害がある方に活用されるSST(ソーシャルスキル・トレーニング)
SSTは、仕事に障害がある方向けの支援の現場(リワークプログラム、障害者就労の定着支援、就労移行支援など)で幅広く活用されています。
会社を休職していて、その会社に復帰をめざす方の為のリハビリテーションとして、リワークデイケア内のプログラムとしてSSTを実践しているところがあります。
リワークプログラムの利用者には、職場でのコミュニケーションが休職原因と直結している対象者も多くいます。
そのため、復職後の般化を意識した現実に即したロールプレイを体験することによって、職場でのコミュニケーションの特徴を実感し、適切かつ現実的なコミュニケーションスキルを繰り返し実践することで、復職への自信回復につなげることを目的としています。
障害がある方の定着支援として、一般企業でSSTの実践を取り入れているところがあります。
症状の重さ、病名、能力などで判断するようなアセスメントはせず、本人が「働きたい」という希望を尊重し、ソーシャルスキル・トレーニングを社内の精神保健福祉士を中心に、研修を行うなどの取り組みをしている企業もあります。
環境を整えることで、障害とは関係なく、 会社の一員として有意義な役割を持ち、その役割を果たしていくことで、仕事に充実感・満足感を得ることができる、という結果もみられているようです。詳しくは以下のリンク先をご覧ください。
一般企業等への就労を目指す障害や疾患のある方が、働くための知識や能力を身につけることができる就労支援サービスが就労移行支援です。事業所によってサービス内容は異なりますが、主なものは職業訓練、就職活動のサポート、職場定着支援の3つです。
SSTの実践は座学ではなく、複数人の参加者によって、ロールプレイング形式でワーク(実践)を行う形式をとります。プログラムに参加する際は、ワークをする当事者同志が、より良いコミュニケーションをとるための具体的な実践方法と、プログラム参加者同志のルールを共有し、その内容を踏まえたうえで行われます。
以下、仕事をする際に最も関係の深いコミュニケーションについての、SSTのワークを一部ご紹介します。
感謝の気持ちを伝える方法を学び、コミュニケーションの実践をします。ロールプレイングを始める前に2つの決まりごとが共有されます。
まず、1つ目の共有事項は、良いコミュニケーションをとる方法です。「視線を合わせる」「身振り手振りを使って表現する」「はっきりと大きな声で伝える」「話題に合わせた表情で話す」「適切な内容の話をする」といった方法が共有されます。できるだけワークで実践してみましょう。
2つ目の共有事項は、プログラムに参加する上での決まりごとです、「見学はいつでもできる」「嫌な時や意見が浮かばなかったときはパスできる」「人の良いところを褒める」「良い練習が出来るように他の人を助ける」「質問はいつでもできる」「お手洗いは断っていく」といったことを、参加の決まりごととして共有します。
上記の共有事項を前提として、ビジネスシーンの具体的な状況設定をします。
状況設定は「先輩に大量ファイルを運ぶのを手伝ってもらい、お礼を伝えるところ」です。
感謝の気持ちを伝えることが大切な理由を理解することができ、円満な人間関係に繋がります。
このワークを通じて、相手の顔を見るというスタートから相手に感謝する理由を伝えることができ、感謝の言葉と自分がどんな気持ちになったかを伝えることができるようになる、という流れです。
仕事に関係のあるシチュエーションとしては、このほかにも
上手に頼みごとをする
話しかけるタイミングを計る
相手の話に耳を傾ける
上手に断る
言葉の意図を考える
SSTは「社会生活技能訓練」や「生活技能訓練」などとも呼ばれます。近年、IT化など技術革新により、働く人のコミュニケーションを取り巻く状況はさまざまに変化しつつあります。
情報化社会においてソーシャルスキルを求められることは以前より希薄になったようにも見えますが、状況はより複雑になったともいえます。
精神疾患や発達障害のあり/なしに関わらず、仕事をする上で自己対処能力を高めることが常に求められている時代といえるのかもしれません。
また昨今、SSTは障害がある方向けの支援の現場(リワークプログラム、障害者就労の定着支援、就労移行支援など)で幅広く活用されています。
障害の有無に関わらず、一般的な職業訓練等でも用いられており、医療や教育、併せて民間団体などのSSTの実践も含め、この技法が広く活用されることが期待されています。