チック症とは、まばたきや咳払い、首振りや奇声が本人の意思に関係なく繰り返し出てしまう疾患です。小児〜青年期に現れ、多くの場合は成人するまでに改善・消失すると言われていますが、大人になっても症状が持続したり、再発するケースもあります。子ども時代から弱い症状が出ていたものの、大人になってから仕事や日常生活において困りごとが増え、改めて診断を受ける場合もあるようです。
チック症は単なる癖との見分けがつきにくいため、周囲から障害だと理解してもらえなかったり、誤解を受けたりすることもあります。この記事では、症状の解説や治療法に加え、チック症のある大人の職場や生活における工夫をご紹介します。
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チック症の症状はおもに2つに分けられ、まばたきが多い、肩すくめ、手足の曲げ伸ばしなど身体の動きのチックを「運動チック」、咳払い、鼻ならし、うなりなどの発声に関するチックを「音声チック」といいます。さらにその動作が1秒にも満たないほど短い場合は「単純性運動チック(または単純性音声チック)」、数秒間続く場合は「複雑性運動チック(または複雑性音声チック)」と分類されます。
また、運動チックと音声チックはあらわれ方によって「トゥレット症」「持続性(慢性)運動チック症」「持続性(慢性)音声チック症」「暫定的チック症」の4つに分けられます。
「トゥレット症」は、いくつかの運動チックと1つ以上の音声チックが同時(または症状のある同時期)にあり、症状が1年以上続いていることが基準となります。「持続性(慢性)運動チック症」は、1つまたは複数の運動チックの症状が1年以上続いていること(音声チックは伴わない)、「持続性(慢性)音声チック症」は1つまたは複数の音声チックの症状が1年以上続いていること(運動チックは伴わない)が基準となります。1つまたは複数の運動チック(または音声チック)の症状があらわれてから1年未満の場合は「暫定的チック症」と診断されます。
いずれも18歳以前に発症しており、物質の生理的作用やほかの疾患が原因ではないことが基準です。
この「トゥレット症」「持続性(慢性)運動チック症」「持続性(慢性)音声チック症」「暫定的チック症」の総称をチック症群といいます。
チックは、親の育て方や本人の性格に根本的な問題があって起こるわけではありません。
最近の研究では、脳の働きを調整する神経伝達物質の一種であるドーパミンの働きが偏ることによってチックが起こると想定されています。子どもの10人に1人〜2人が発症することから考えると、チックが起こりやすい脳の体質は決して珍しいことではないようです。
トゥレット症候群など強く長引く症状が出る場合は、遺伝的要因が関連している場合もあります。ただしこの場合もさまざまな環境要因が関係するため、必ずしも遺伝的要因だけで発症するわけではありません。
チックは脳の体質と環境要因の両方が合わさって出現します。ストレスや不安、緊張のゆるみや興奮などの心理的要因が関係することもありますが、特にきっかけはなく種類が変わったり、増えたり減ったりすることもあります。
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大人になってからもまばたきが多い、咳払いをするなど、チック症の症状が出ることはあります。
大人のチック症の場合は、小児期に未診断だったものの継続・重症化、あるいは再発である場合がほとんどだといわれています。上述のように、ストレスがきっかけとなり大人のチック症が出ることもあるでしょう。
大人になってから初めて症状が出た場合、チック症ではなく以下のような別の病気やその後遺症、薬の副作用である可能性もあります。
ハンチントン病やウイルス脳炎などの後遺症による脳の中枢神経障害
コカインなどの薬物使用による副作用
てんかん、ジストニアなど、別の脳神経疾患
またチック症は、他の発達障害や強迫性障害などの精神疾患を併発しているケースが一定数あるという指摘があり、研究が進められています。
大人のチック症かもしれないと思ったら、どこの病院に行けばいい?治療の内容は?
チック症は本人に生活上の不便がなくつらさも少なければ、必ずしも受診が必要なわけではありません。しかし仕事や学校生活に支障が出る可能性があるようでしたら、対処法を知るためにも一度受診してみることをおすすめします。
チック症は小児〜青年期の発症が多いので、主に小児科や小児神経科・児童精神科で診察を行っています。
成人期に初めて医療機関を受診する場合には、年齢制限のため診察を受けられないこともあるようです。その場合は受診前に成人の受診が可能かどうかを問い合わせたり、精神科や神経内科を受診したりするのがおすすめです。中でも児童思春期や発達障害を受け入れている医療機関では、治療を受けやすいかもしれません。
大人のチック症の治療は一人ひとりの症状に応じて行いますが、症状の重症度に関わらずまず行うのは、心理教育と環境調整です。加えて認知行動療法を行ったり、重症なチックに対しては薬物療法を行うことが多いようです。
いずれも症状を完全に治癒させることではなく、障害を正しく理解した上で生活に工夫をしたり、症状を軽くすることを目指します。
強迫性障害や発達障害などを併発している場合、併存症への対応を中心に進めていくこともあります。
心理教育では、本人や家族、学校や職場などで関わる人々への症状理解を促します。
環境調整では症状の治癒や消失ではなく、症状の悪循環を起こさないことを目指します。ストレスを減らす工夫を行うほか、周囲の人から症状に対する直接的な指摘を受けないよう配慮を求めたり、症状が悪化した際の避難場所の確保を行ったりします。
学習の法則に基づいて行動の調整を目指す行動療法と、認知のくせを変えることでストレス軽減を目指す認知療法を合わせた方法で、心理的治療の一種です。
例として「ハビット・リバ-サル」(チックと両立しないような動きをするように訓練する)などの方法があり、成人にも有効であるという海外での研究結果があります。
重症なチックに対しては、薬物療法を行うこともあります。チックだけではなく併存症もふくめたどの症状に的を絞るのかという点や、副作用の程度も考慮して選択されます。チックの治療薬で最もよく使われるのはドーパミンの働きを抑える抗精神病薬で、眠気や動きが鈍くなるなどの副作用が出ることも。チックが改善したら服薬量の減量や中止を試みながら調整していく工夫も必要です。
大人のチック症。職場や日常生活において困ることは?
チックの種類は多種多様で、日常風景になじまない動作や声が本人の意思では止め難く出てしまいます。
電車や試験など静かにすべき場面で咳払いや唸り声などが目立ってしまう
面接や商談など大事な場面で品のない乱暴な言葉が出てしまう
顔をしかめたりにらみつけるチックで、周囲の人に誤解されやすい
手の動きのチックで筆記用具や食器を落としやすい
頭を振るチックが原因で、頭痛や肩こりになりやすい
これらはほんの一例ですが、すべての症状に共通する困りごとは、自分の意思では止められないこと・周囲に障害だとなかなか理解してもらえないことではないでしょうか。
チック症がある大人の、職場や日常生活における工夫とは?
チック症は完全に治そうとするよりも上手く付き合い生活に工夫をすることで、症状を和らげていくことが重要です。チック症のある大人の方でも、自分の強みを生かし活躍している方はたくさんいます。
チック症のある大人の職場や日常生活における工夫として、以下の3つの方法を参考にしてみてください。
1.周囲の人に症状を正確に伝え、必要な配慮を求める
誰にカミングアウトをするのか見極めが必要なこともありますが、周囲から誤解を受けたり一人で抱え込んだまま生活や仕事を続けるのは、大きな負担がかかります。必要な配慮を受けるには、症状のことを周囲に伝えていく必要があります。
例えば就労場面においては、あらかじめ就職担当者や上司に相談した方が周りの理解を得ることにつながり、配慮や支援を受けやすくなります。
チック症の説明を自分ですることが難しいときに、下記のリンクをブックマークしておいたりパンフレットを取り寄せて携帯しておいたりすることも、理解者を増やしていく工夫の1つです。
症状を周囲に伝えることに戸惑いや不安がある方は、「合理的配慮」という考え方を知っておくといいかもしれません。
合理的配慮とは、障害のある人が障害のない人と平等に人権を享受し行使できるよう、一人ひとりの特徴や場面に応じて発生する障害・困難さを取り除くための、個別の調整や変更のことです。
障害者差別解消法では、合理的配慮の対象は“法が対象とする障害者は、いわゆる障害者手帳の所持者に限られない”としており、さまざまな社会の誤解や偏見により困難がもたらされている人も含むと規定しています。
つまりチック症当事者にも配慮を求める権利があり、配慮は行政や事業者の義務であると法律が定めているのです。
周囲の人に症状を自分では止められないことや目に見えないつらさについて伝えた上で、通院や休憩時間・場所についての配慮を求めることもできます。できるだけ具体的に、周囲の人に相談してみてください。
2.リラックスする時間を確保し、休養をたっぷりとる
チックは不随意とはいえ「運動」であり、活動量が多いことから疲れやすいと言われています。疲労の蓄積は身体的にも精神的にも悪循環に陥りやすいので、しっかり休むことが大切です。リラックスする時間を確保し、大切な用事の前後には十分な休養をとるようにしてみてください。
チック症・トゥレット症候群は、日本の行政においては発達障害の定義に含まれています。軽度のまばたき、咳払い等の一般的なチックではなく重症な多発性チックを伴うトゥレット症候群の場合、障害者手帳を取得し福祉サービスを利用できるケースもあります。手帳を持つとさまざまな福祉サービスが受けられるようになるほか、仕事を探す際、障害者雇用枠の応募が可能になります。
詳しくは以下の記事を参照の上、必要であればお住まいの地域の福祉事業窓口に相談してみてください。
チック症がある人に対して、周囲の人はどのような配慮をしたら良い?
ここではチック症に悩む当事者に対する配慮として、周囲の人ができることを考えていきます。
チック症は脳の神経活動の偏りが引き起こします。わざとではないのにやめられない、止まらない動きや発声が主な症状です。この症状に誰よりも苦しんでいるのはチック症の当事者です。チック症特有の言動の繰り返しに、戸惑いや苛立ちを覚えることもあるかもしれませんが、故意や悪意でやっているのではないことをぜひ理解してください。
チック症の当事者は、症状を止めなくてはと焦って余計に悪化させてしまうことがあります。周囲の人はあえて指摘せずになるべく普通に接するーいわば「温かい無視」をすることも大切です。また、チックは増えたり減ったり、種類が変わったりを繰り返すことが多いので、少しの変化を気にしすぎないようにしてみてください。
当事者の家族やパートナーで不安やストレスが強い場合は、カウンセリングや薬物療法を受けることも可能です。余裕がなく本人に対して症状を強く指摘してしまうようなら、一人で抱え込まずに専門家に相談してみてください。
職場にチック症の人がいる場合は、本人に対して必要な配慮があるかどうかを聞いてみてください。
症状や併存症、経過は一人ひとり違うのですべての点が共通するわけではありませんが、以下のような配慮を求められることが考えられます。
通院に関する配慮や、主治医との連携が求められることがあります。
チックが強く出ていると、ラッシュ時の公共交通機関を利用した通勤は困難な場合があります。通勤や勤務時間などの配慮が必要かもしれません。
チックが強く出たり集団の中で抑制しようとしたりしたことにより、疲れたり集中力が途切れてしまうことがあります。状況に応じた休憩の配慮や工夫を求められることがあります。
本人のプライバシーに配慮した上で必要であれば、体調や症状について職場で共通理解を図りトラブルを防ぐことも考えられる配慮です。
生活に工夫をすることで、症状を和らげながらチックと上手く付き合って暮らしていくことはできます。チック症のある大人の中でも、自分から働きかけて環境調整をすることで活躍している方はたくさんいます。
最近ではチック症の研究と理解は徐々に進み、症状を理解のうえ接してほしいという当事者や支援者による訴えも広がりつつあります。NPO法人が運営する当事者支援協会も発足し、自助グループの活動も各地域に広がってきています。
チックが出ることに苦しんでいるのは、誰よりも当事者です。周囲の人は症状を正しく理解し、あえて指摘せずになるべく普通に接する・職場において必要な合理的配慮を行うなどの支援をお願いします。
そして本人も周囲の人も、本人の障害やさまざまな症状ばかりではなく得意な分野や能力にも目を向け、温かい配慮の中でその強みを発揮できるように工夫をしてみてください。